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関西医療大学 教員ブログ[全学科]

2012年3月アーカイブ

2012/03/30(金)

看護の価値って


 皆さんこんにちは、関西医療大学保健看護学部、成人看護学担当の築田誠です。
 本学に保健看護学部が誕生して4年目を迎えようとしています。来年の今頃には、本学の卒業生が病院等へ看護師・保健師として巣立っていくことと思います。
 そこで、今回は私が看護師として働いていた時に感じた"看護の価値"について、そして私が看護に従事し続けようと決心したきっかけになった出来事をお話ししたいと思います。

 それは、ICUで受け持っていた60歳代の患者さんとの関わりから学んだことでした。その患者さんは手術の後の合併症で、全身に菌が蔓延する敗血症から意識が無くなり、緊急的にICUに運ばれ、人工呼吸管理が必要な状態でした。膿胸で、その膿を取り除くために管が3本挿入され、意識もなく2か月という長期間ICUに入室していました。その間、主治医や麻酔科医による様々な治療、ICUスタッフによるケアが行われました。一時は命の危険な状態でしたが、徐々に回復し、検査データ上では正常に戻り、車椅子に数十分乗れる状態にまでなったのですが、意識だけは一向に戻ってきませんでした。「~さん、~さん」と毎日、何度呼びかけても一点を凝視するだけで反応が無いにもかかわらず、CTやMRI上では何の異常もなく、医師も時間の経過を待つしかないとの判断でした。ブログ写真(築田先生)0330.jpg
 そこで、私たち看護スタッフは、この患者さんの普段の生活に何か意識を呼び戻すヒントはないかとカンファレンスを開きました。この患者さんは元々開業医で、入院直前まで現役で働いていたという事実に注目しました。医師が普段呼ばれる呼ばれ方は、「~さん」ではなく、「~先生」のはず、ということに気づき「~先生」と呼ぶように統一しました。すると「~先生」と呼び始めた途端、患者さんは私の方を"ギロッ"っと見たのです。"意識が戻った!"っと、大騒ぎになりました。もちろん、呼び方を変えたことだけが患者さんの回復を促進したのではなく、身体や心の状態すべてが整っていたからこそ、意識回復のきっかけになったのだと思います。

 日進月歩で発展する医療の中で看護が果たす役割や価値は、高度に発展した治療の補助や異常の早期発見だけではなく、対象の患者さんが普段どのような生活をしているのか、その患者さんが持っている力を引き出せる状態をいかに創り出せるか、を考えて実践することにあると思います。
 このことがきっかけで、私は"看護ってすごいな~"と思い、看護を続けることができました。看護師が行うケアというのは、周りから見れば小さな、ごく当たり前のことなのですが、その対象となる患者さんにとっては、人生を左右する大きなことなんです。

2012/03/23(金)

新入生の皆様へ


 ヘルスプロモーション整復学科の牛島です。関西医療大学の正門から校舎へと続く桜並木もいつ開花するのか、とても楽しみな季節がやってきました。この季節、私個人にとって恒例なのがアメリカ研修ツアーの引率です。早いもので先日卒業した1期生と初めてアメリカ研修ツアーに行ってから3年がたちました。

 アメリカでは、私の母校でもあるカリフォルニア州立大学フラトン校(California State University, Fullerton CSUF)のアスリート専用アスレティックトレーニングルーム、学生専用スポーツリハビリクリニック、そして民間のスポーツクリニックなど様々な施設を訪問、見学します。CSUFの2つの施設では、実習中の現地学生たちと直接触れ合います。CSUFの学生たちが午前中の講義で学んだ技術を、午後からの臨床実習で実際に選手や患者に用いている姿を見ると、本学の学生たちは彼らの積極的な学びの姿勢に驚き、いままでの勉強に対する姿勢に疑問を持ち始めるのが傍から見ていて手に取るように判ります。

 この研修ツアーに参加した学生の中には、本学を卒業したあと1年間必死の思いで働き、アメリカの大学院を目指して再渡米した人もいます。そこまで大きく行動を起こさないにしても、帰国してから「何事につけて全力で努力するようになった」と研修の効果を口にする人がほとんどです。

 さてこの研修ですが、訪問先で参加者ができるだけ多くの体験ができるよう、10人前後の少人数で行っています。特にCSUF側は卒業生である私の教え子、ということで、彼らにできることはやらせてあげよう、というスタンスで迎えていただいています。ですので、希望者が全員参加できるという訳ではありません。またこの環境を活かすも殺すも、参加した学生の姿勢次第という厳しさの中で行われています。受け身のままでいると見るだけで終わりですが、積極的に前に出ると、それなりに体験ができるようにはなっています。

 新入生に限らず、皆さんに伝えたいのは、学びたい気持ちがあるなら、相手が「絡んでくれるのを待つ」のではなく、自分からどんどん「絡んで」行ってほしい、ということです。柔道整復に限らず、治療家の学びには終わりはありません。国家試験はゴールではなく、キャリアのスタートラインでしかない、いいキャリアを送れるかどうかは、どれだけ積極的になれたかによって決まります。その他大勢より一歩前に出られる君に会えるのを、私は待っています。


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2012/03/16(金)

今年度の最後に 来年度に向けて

教務部長 鈴木俊明


みなさん、こんにちは 教務部長の鈴木俊明です。
今年度も多くの学生さんに本学理学療法学を受験していただきました。感謝しています。
本学を第一志望に考えてくれたすべての学生さんが合格していることが喜びです。

先日、関西医療大学の卒業式をおこないました。4年生が大変晴々した姿で卒業を迎えました。皆、楽しいこと、辛いことがあり、それを乗り越えての卒業です。本当に「おめでとう」と伝えたいです。

来年度に新入生を迎え、その学生たちが4年間で大学を卒業し、国家試験を無事に合格できるようにするのが、我々教職員の願いです。

新たな気持ちで来年度を迎えることができるように、努力していきたいと思います。

これからも、関西医療大学保健医療学部 理学療法学科をよろしくお願いいたします。

本学科は「留年生 0、国家試験全員合格」を目指します。


2012/03/09(金)

鍼灸+アスレティックトレーナーという進路


 皆さんこんにちは、関西医療大学の内田靖之です。
 私は、はり師・きゅう師の国家資格と、(財)日本体育協会公認アスレティックトレーナー(AT)、日本トレーニング指導者協会トレーニング指導者(JATI-ATI)という2つの民間資格を保有しています。これらの資格を有効活用しているかどうかは分かりませんが、大学教員と某大学サッカー部トレーナーとして活動を続けています。
 そんな私が「トレーナー」という言葉を知ったのは高校2年生の頃でした。その頃(1993年頃)私は陸上部でやり投げをしていましたが、オーバーユース、誤ったフォームなどが重なり肘を患っていました。今になって思えばあれが原因だったな、もっとこうすれば良かったなと考えることができるのですが、当時はそんなことを考えもせず、負荷の高い筋力トレーニングが効くんだ、と思い込んで肘を痛めつけていたように思います。
 そんな中、ある試合の1投目です。右ひじが耳の横を通り過ぎる瞬間に「バキッ」という音がしました。これが決定的なものになり、結果として約1年間のリハビリ生活をおくることになりました。
 とはいってもリハビリなんてしたこともなく、右も左も分からない状況です。どうやっていいやら途方に暮れていたところ、友人から鍼灸治療がいいのでは、とアドバイスをもらったのでした。初めての鍼灸治療は劇的な効果をもたらしました。それまで自発痛にも運動時痛にも苦しんでいたのが嘘のように消え、感動したことを覚えています。
 この体験は、漠然とスポーツに携わる仕事に就きたい、と思っていた自分にとって最も衝撃的な出会いとなりました。そこから色々と進路を探っていく内に、スポーツに携わる仕事として「トレーナー」という仕事があることを知りました。「鍼灸」と「トレーナー」この2つを両輪として生きていっている人たちがいることを知った私は、進路の最有力候補として考えていくことになります。
結局、痛みが無くなった自分は、治った、と勘違いしてしまい、またしても肘を故障することとなりました。痛みが消えた=治った、ではないことを選手に説明するときに、このことをいつも思い出します。
 上記のような出来事のおかげで、当時の自分は「トレーナー」=「治療家」というイメージを持っていました。そのまま自分の進路として体育系大学ではなく、関西鍼灸短期大学(現:関西医療大学)を選んだのも自然なことでした。関西鍼灸短期大学は当時珍しく日本体育協会公認アスレティックトレーナーと鍼灸のカリキュラムを含んでいましたので、「自分の進路はここしかない」という気持ちが強くありました。そこから卒業し、紆余曲折を経て現在の私があります。何だか振り返ると、あれもこれも今の自分のためにあったような試練や出来事でいっぱいです。でも試練や出来事と今の自分のリンクを感じるのは、資格取得後である気がします。
関西医療大学は鍼灸師、日体協公認AT、JATI、健康運動実践指導者の資格にチャレンジできる大学です。沢山の資格取得を目指しますが、資格を取得する過程は、資格を取得した後の大きな伸びしろのために必要であると思います。どんな資格も取得後に大きな成長を感じられます。それは取得過程でどこまで頑張ってきたのか、ではないでしょうか。過程で「どんな人間になりたいのか」を沢山考えることが、更なる成長を促すと信じています。大学生活で、少しでもそこを追求してもらえれば、教員として嬉しく思います。


※教員・卒業生のスポーツ現場に於ける主な実績:3月7日現在(文責:増田研一)

  • 増田教授がチームドクター、卒業生の下地達朗氏、学生の橋本健太君がトレーナーを務めるシュライカー大阪は2011Fリーグで準優勝しました。

2012/03/02(金)

心に残る症例

木村研一 

 皆さん、こんにちは。鍼灸学科講師の木村です。これまで色々な病気の患者さんの鍼灸治療を担当してきましたが、その多くは肩こりや腰痛、膝の痛みなどでした。実際、鍼灸には痛みをとってあげる作用や、血流を良くしてあげる作用があることが知られています。しかし、近年、肩こりや腰や膝の痛み以外にうつ病、耳鳴りや顔面神経麻痺、不眠症といった多様な症状を訴える患者さんが増えてきているように思います。これらはいずれも身体や心のストレスが原因のひとつであり、高齢者に限らず、若い人でも起こることがあります。
 今回は数年前に治療を担当した顔面神経麻痺の女性について少し紹介したいと思います。顔面神経麻痺とは顔の筋肉を支配する顔面神経の麻痺によって障害された側(患側)の顔の筋肉が麻痺を起こす病気で、神経の圧迫やウイルスの感染によって起こるとされていますが、原因はよく分かっていません。この患者さんも最初に来院されたときは、顔面神経麻痺の典型的な症状を示していました。すなわち、患側の目は完全に閉じず、口角は下がっており、目からは涙が出ていました。顔面神経麻痺ではこうした顔の表情だけでなく、言葉を発したり、物をかんだりするという機能も障害されますので、日常生活にも当然、支障が出ます。女性の場合は特に顔を気にして人に会うのがおっくうになったり、外出をするのが嫌になったりということもあります。また、顔面神経には味覚を支配する神経も含まれるため味覚の異常が出る場合もあります。この患者さんも来院された時には、何とかこれらの症状を良くして欲しいと必死でした。幸い、発症して間もないこともあって、数回の鍼灸治療で麻痺は改善し、顔の表情の左右差はなくなり、目を閉じたり、しっかり物をかむことができるようになったりしました。患者さんはもちろんご家族の方も大変喜んでくれました。今回の顔面神経麻痺のような神経の病気に対しても鍼灸治療が有効となる場合があります。一方で、発症後の経過が長く、後遺症などが出てくると十分な効果はみられません。
 近年は鍼灸の科学化という観点から多くの研究がなされて、鍼灸の治療効果のメカニズムも少しずつですが解明されてきています。現在、私は大学院生と一緒に鍼灸が皮膚の血流をどのようにして改善するかという研究もしています。研究の結果、一酸化窒素という物質が大きく関わっていることが分かってきました。皆さんも病気に苦しむ患者さんのために是非、本学で鍼灸を学んで、鍼灸師になり、患者さんの痛みや様々な症状を楽にしてあげてください。また、何故、鍼灸が効くのかという謎について一緒に研究しましょう。

図(東洋医療、木村).jpg

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