ページ内を移動するためのリンクです。
ここからメインコンテンツです

関西医療大学 教員ブログ[全学科]

2011年8月アーカイブ

2011/08/26(金)

問題解決の一助に


 こんにちは、私は保健看護学部で地域看護を担当している大橋です。皆さん学生生活はどうですか? レポートに追われ、次は試験勉強にと、睡眠時間も取れないほど忙しい毎日を過ごしているのではないでしょうか?

 私の学生時代を振り返ってみても、大変忙しかったという記憶が残っています。当時私は、下宿生活をしておりました。同じ下宿仲間の友人4人で、小さなテーブルを囲み、深夜まで、時には明け方までレポート作成や試験勉強に追われていました。「このレポート朝までに書けないのでは」とか「睡眠時間を削っても朝までにすべての試験勉強が終わらない」と不安になったりあせったり。さまざまな土壇場を経験してきました。

 社会人となった今も、相変わらず忙しい毎日を送っておりますが、そんな中、学生時代に得た様々な問題に対処していく『問題解決能力』が、大いに役立っています。自分の能力では時間的・内容的に処理できないと感じた時、その場から逃げることは簡単なことです。しかし自分でできるもっともベストな方法が必ずあります。その秘訣をお教えします。

 1.まず、限られた時間、能力の中で自ら何ができるか、できるだけ多くの選択肢を考えてく
   ださい。その時に社会的に好ましくないと思う選択肢があっても構いません。
 2.次に、各々の選択肢を実行している時の自分をできるだけ鮮明に想像してみてください。
   どの方法が自分の大切にしている価値観と合うでしょうか。またモチベーションの高まり
   を感じますか。
 3.選択肢の中から最も価値観に合うものが、今、自らできるベストな方法です。

 ついつい完璧を目指して自分を追い込んでしまう人は、例え100%の自分が出せなくても、それを許す勇気を持ってください。

 限られた中でも、精一杯頑張っている人は輝いてみえますよ。

2011/08/19(金)

アスリート達に帯同するときの心構え


 ヘルスプロモーション整復学科の牛島です。

 柔道整復専門学校の3年生だった時、鈴鹿8時間耐久オートバイレースで、あるチームに無理やり押し掛けで入れてもらって以来17年、ずっとスポーツの現場に出てきました。経験を求めてアメリカに留学し、メジャーリーグの舞台裏にいたこともありました。大学教員となった今も野球に空手に、小学生からプロまで、種目やレベル、年齢層を問わずお声がかかればどこへでも、という姿勢で飛び回っています。

 スポーツの世界は、ごまかしが効きません。野球なら、150km/hの球を投げる投手が怪我をしたら、150km/hを出せてはじめて完治したと言える。「良くなった気がする」ではだめで、球速という結果を残さなければ自分が仕事をした意味はありません。仮に選手にとってはつらい施術やリハビリだったとしても結果が残ればいい、そのためには、どう評価して、どんな施術をしたか、そしてどうなったか、を常に記録し検証する必要があります。自分の仕事の結果が、いずれはっきりと出る、そんなところが厳しくも、面白いところかもしれません。

 どの種目、年齢層、競技レベルであっても、選手には分け隔てなく接するべきだ、と思っています。最近、中学野球のチームと関わることが多いのですが、相手がプロならここまでやるけど、中学生はこの程度でいい、と手を抜くようなことはしたくない。もちろん施設や使えるモノなど環境に差があるのでメジャーリーグ時代と同じ、というわけにはいかないですが、仕事に対する姿勢は同じかそれ以上で取り組むように心がけています。中学生の野球は、お金でカタがつくプロの世界よりもある意味で非常に難しいと感じることもあり、意識していなくても全力でぶつかっているように思います。「早く怪我を治して活躍したい」という気持ちが伝われば、こちらも熱くなりますし、こちらの熱意が伝われば、選手の取り組みも変わる。いい循環をつくれたときは嬉しいですね。

 相手がアスリートだから、といって特別なことは何もないのです。真剣に治したいという一般の患者さんにも、ごまかしは効きません。いいかげんに施術すれば、それは伝わります。実は、大学の講義も同じです。いいかげんに講義すれば、学生もいいかげんに受けるようになり、結果はいずれはっきりと出ます。これを読んだ皆さんとの間にいい循環をつくれるように努力してきたいですね。
ブログ画像1(牛島先生).JPGブログ画像2(牛島先生).JPG

2011/08/05(金)

これが治せるセラピスト


 皆さん、こんにちは。
 関西医療大学保健医療学部 理学療法学科 講師の米田浩久です。
 今回は、「これが治せるセラピスト」をテーマにお話しします。

 今日もことわざから入りますが、「医は仁術」と申します。
 文字通り、医療は人を活かすものであるということです。
 
 これまでも、この教員ブログで「治せるセラピスト」になるためのさまざまな理学療法の技術(経穴刺激理学療法やトップダウン評価など)をご紹介してきました。
 これらの技術は、「障害を持たれる方を治すための必須の技術である」と、学生に教える身である私自身が心から確信しています。
 ただ、治せる技術だけでよいのでしょうか?
 患者さんへの想いを持たず、ただ技術だけによって患者さんを治すのであれば、それは単なるセラピストの自己満足であり、やがてはセラピストの驕り(おごり)にもつながります。技術だけによる治療では、患者さんは主役になり得ません。

 先程の「医は仁術」の「仁」ですが(いつかドラマにもなっていましたが...)、その真義は「全てを包容して化育を遂げる」ことにあります。つまり、患者さんを慈しみ、その悩みや辛さ、望みや欲望などのすべてをセラピスト自身が受け止め、その上で患者さんの状態を良くし続けようというのが、理学療法の「仁術」ではないかと思います。

 優れた技術や知識の前に、患者さんを思いやる心(仁)を持つ者こそが、「治せるセラピスト」だと信じます。
 私の教える学生皆さんが、仁を備えた「これが治せるセラピスト」と自他ともに認めてもらえるよう、私は今日も一日頑張ります!!

このページのトップへ

Now-Loading...

Back Number

2011年

関西医療大学

お問合せはこちらまで info@kansai.ac.jp