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関西医療大学 教員ブログ[全学科]

2010年10月アーカイブ

2010/10/29(金)

【私が考える建学の精神 HPSの観点から】

 こんにちは、ヘルスプロモーション整復学科で「スポーツと健康」を担当している五十嵐純です。
 
 この夏のマイブームは夏の甲子園で、4回ほど足を運んでしまいました。今日は、その時の話をしてみたいと思います。
 あれはある関東の高校と九州の高校の試合を見に行っていたときのことです。打者の打ったボールがピッチャーを襲い、「あっ危ない」と思うと同時にボールはピッチャーの手に当たってしまいました。ケガをしていないと良いがと思っていると、すぐに2人の選手がかけより、コールドスプレーをかけ始めました。何となく違和感があり、よく見るとそのコールドスプレーをかけている選手のユニフォームがピッチャーのそれとは違っていました。つまり、コールドスプレーをかけているのは相手チームのランナーコーチ(選手)だったのです。
 その夜、ある報道番組で元プロ野球選手の解説者がその時のシーンが取り上げ、心打たれたシーンだと大変賞賛していました。
 このときのコールドスプレーをかけた選手はきっと打球をうけて痛がっている相手ピッチャーに何かしてあげたいと感じ、今、自分に何ができるかをとっさに考え判断しての行動だったのだと思います。ましてや、そのことが後にテレビで放映され、絶賛されるとは考えていなかったと思います。
 この行動こそ、人のためになることを何かしたい、困っている人を助けてあげたいというとても尊い心の現れだと思います。
 本学の建学の精神は「社会に役立つ道に生き抜く奉仕の精神」です。あのランナーコーチの心こそ、社会(人に対して)に役立つ道に生き抜く奉仕の精神に通じるものだと私は感じています。
 ヘルスプロモーション整復学科は伝統的な、日本で発祥した柔道(柔術)という武道(スポーツ)の中でケガをした人を助けたいという気持ちから発祥した医療です。先ほどのランナーコーチの無償の行為と同じところから生まれたと言っても過言ではありません。
 今年の夏、心を涼やかな風が吹き抜けたシーンを私は一生覚えていることでしょう。

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2010/10/22(金)

「お年寄りの理学療法を通して ―人の「生」を考える―」

 皆さん、こんにちは。
 保健医療学部 理学療法学科 講師の米田浩久です。
 今回は、「お年寄りの理学療法を通して ―人の「生」を考える―」という少し重い(?)テーマでお話をしたいと思います。

 はじめに、恐らくこのブログを読んでいる方は現役の受験生か、もしくは数年後に受験生となるであろう人達であって、皆さんにこのようなことを聞くのも愚問かと思うのですが、敢えて聞きます。

      『あなたは、どのような老後を過ごしたいですか?
          さらには、死の間際にどのような状況にありたいですか?』

 最近、理学療法士になる方が増えていて、同じ職業を選んだ私にとってはとても心強いばかりです。理学療法士の社会的認知度も少しずつ上がってきている証拠なのでしょうし、特に理学療法士の職業的な将来性に魅かれて選ばれる方も多いのではないかと思います。その最たる理由の一つとして、「20XX年には高齢者が3人に1人の割合となり、 ・・・(中略)... 理学療法士のニーズは一層高まるであろう」云々、ということが挙げられるのではないかと思います。
 確かに、まだまだ我々理学療法士のニーズは高く、必要とされていますし、理学療法士が高齢者のリハビリテーションには欠かせない職種であることはいうまでもありません。でも、「単にニーズがあるから」、「必ず就職できそうだから」、「職を失う可能性がないから」という理由だけが理学療法士になる理由なのでしょうか?

 私は理学療法士になってから約8年間、お年寄りの施設で働いていました。多くのお年寄りが、ひっきりなしに施設に入っておられ、施設に入るために順番待ちしておられる方もたくさんおられました。こうした方々の多くは、施設でのリハビリテーションを目的に入って来られるのですが、現実には自分の身体の状態に悲観してしまって毎日泣き続けている方や、認知症の症状が強すぎてとても身体の改善ができそうにもない方などが多くおられたのを覚えています。

 そんな中、施設に入っていた86歳の女性を担当することになりました。その方は、当時、重度の認知症で、担当の私の顔もすぐに忘れてしまうような状況でした。また、既に寝たきりの状態となっており、何をするにも全て介助が必要な状態でした。
 担当を開始してすぐに私の理学療法が始まったのですが、私も当時は経験が浅く、ともかく何とか座れるように、それができれば何とか車いすに移れるようにしたいと考えていました。無我夢中で理学療法を続けているうちに、担当して3ヶ月後には座れるようになり、5ヶ月後には立って車いすに移れるようになり、8ヶ月後には杖を使って歩けるようになっていました。その間、驚いたのは、身体の改善に伴って認知症の症状も良くなっていったことでした。担当当初は私の顔も覚えられず、会話も全く成立しなかったのですが、座れるようになって私の顔を覚えられるようになり、車いすに移れるようになると何とか会話が成立するようになりました。歩き始めた頃には、初めとは全く別人の、いわゆる「普通のおばあちゃん」になっていました。そして、何とか屋外も杖で歩けるようになった頃、本人のたっての希望で生まれ故郷に帰って実の妹さんと暮らすこととなりました。退所の朝、最後の理学療法が終わった後で、次のようにおっしゃったのを今でも鮮明に覚えています。

 『(認知症が悪くなった)ここ5年のことは、なんも覚えとりゃせん。なんか別の世界に行ってたごたる(ような)気がする。ほんじゃが、先生のおかげで、また元に戻って来られた。』

 その後、その方は無事に妹さんと故郷で過ごされ、数年前に90有余年の生涯を全うされたそうです。眠るように亡くなった日の前日まで、畑に通われていたそうで、大往生でした。

 身体機能の改善と認知症の関係は定かではありません(いつか研究したいと思っています)が、彼女の身体機能と精神機能が改善したことは紛れもない事実です。これらの改善に関与できたことは私の喜びでもあります。
 しかしながら、私の本当の喜びは、彼女の「元に戻って来られた」という一言に集約されます。そうです。人としての『尊厳』の回復に役に立てたことが私の理学療法士としての最大の喜びであり、誇りであると考えます。
 また、私自身、彼女を通して、「人として誇りある最後を迎えたい」と、まだ漠然とですが考えています。
 
 繰り返しますが、今後一層理学療法士に対するニーズは高まることは間違いないでしょう。
 ただ、私と同じ道を選ばれる方は、どうぞ忘れないで下さい。我々の行う治療が、人の尊厳にまで影響を与えるものであるということを。

2010/10/15(金)

良いトレーナー、悪いトレーナー

 鍼灸学科 スポーツトレーナーコースの増田研一です。
 (誠に恥ずかしながら)私は幼少の頃からサッカーばっかりやっていまして、選手のみならず指導者(監督/コーチ)としても全国大会等で闘ってきました。
※ いい歳をしていまだにボールを蹴っているのですが・・・。

 全国大会っていってもトレーナーが帯同していなかった場合の方が多かった(当たり前、ちなみに監督は外科医でした)ですが、ドクター/トレーナーというメディカルスタッフがチームからどういう視線で見られているかはある程度分かります。

 メディカルスタッフにはもちろんコンディショニングやケア、さらにはトレーニングの技術や知識が重要な事は間違いありませんが、それ以前に選手やコーチングスタッフと『価値観』を共有できることが何より大事です。
 チームの皆が何を目指しているのか、そのために今何を最も重要視しているのかを敏感に察して即座に行動に移さないといけません。その感覚を身につけるにはとにかく現場に出るしかないでしょうね。

 あと、スポーツの現場では時間の余裕がありません。やるべき事は少しでも早く片付けましょう。早くできたとしたら、上手くいかなかったとしてもまたやり直しだって可能です。そのためには・・・、
・ ポイントを書いて整理しましょう。頭の中に確保出来る情報量は限られています。
・ 『急いでいて重要』『急いでいないけど重要』『急いでいるけど重要ではない』『急いでいないし重要でもない』の4ランクに仕事を分類してどんどん片付けていきましょう。

 しつこいですが、やっぱり『現場』です。そこでこそ得られる課題も喜びも非常に非常に大きいのです。
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2010/10/08(金)

鍼灸をめざした動機

 皆さん、こんにちは。鍼灸学科の北川洋志です。

 私が鍼灸を目指したのは実に簡単な理由です。高校時代は陸上部に所属し1500mを専門にやっていましたが、ケガが多くほとんど練習に参加出来ない時期が続いていました。その時に鍼灸治療を受けて治ったことがきっかけとなりました。ただケガが治っただけでは職業にしようとまでは思わなかったのでしょうが、鍼灸師の先生から今後の治療計画や復帰予定時期、ケガ予防のためのトレーニングなど、明確に提示していただけた事で先が見え、精神的な部分まで治療してもらえたことが大きな要因だったように思います。
 学生時代から様々なスポーツ選手と関わらせてもらってきましたが、陸上競技の多くは自身の身体一つで行う種目が多いため、他の競技に比べても身体の不調や違和感にすごく敏感なように思います。もちろん同じ種目を行っていても個人差が大きく影響しますので、他の選手との接触があるコンタクトスポーツの選手でもすごく敏感なことも、陸上選手が多少の違和感や痛みがへっちゃらなこともあります。このことは皆さん、もしくは皆さんの周りの方々が訴える症状にも同じことが言えるのです。同じ場所に痛みがあっても原因が人によって違いますし、感受性や回復力の違いによって同じ痛みでも人によって症状の重さや治り方も変わってきます。筋肉の付き方や骨の形も人それぞれ違いがあるくらいなのです。ですから、「この症状=この治療」で治るほど人の体は簡単なものでもないのです。以前ほどではありませんが、「3分診療」という言葉が物語るように現在の医療現場でも一人の患者さんに十分な時間をかけられていない事が多くあるようです。鍼灸治療ではある程度時間を確保して治療されることが多く、患者さんの状態や希望から治療方針を決定し、今後の治療計画や再発しないためにトレーニングの指導まで行われます。また治療中の何気ない会話の中で患者さんも気づいていない原因や悪しき生活習慣を見つけだしたり、その会話で精神的なケアが行われたりします。必要最低限の時間を確保してオーダーメイド治療を行えるのは鍼灸治療のメリットであるので、個別性に対応することに特化した治療法の一つと言えるのかもしれません。
 症状だけでなく、人を診ることに興味のある方は一度大学に足を運んでみてください。
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2010/10/01(金)

ある日の車内光景

こんにちは、関西医療大学保健看護学部、精神看護学担当の平澤久一です。
ある日の車内光景
 ある日の神戸三宮駅から大阪難波駅までの電車内の光景です。若い女性が乗ってきて席に着いた途端、右足をしきりに貧乏ゆすりし、やおらバッグから携帯電話を取り出し、メールの確認だろうか、10秒位でパチンと閉じしまい込みました。すると次に化粧道具を取り出しほんの2、3分間化粧し、それをしまい込むとさらに1分もしない間にまた携帯電話を取り出しました。その繰り返しを大阪難波駅に着くまで約50分間ズーッと行っていました。よくもまあ常同的に繰り返しできることか。乗ってくる乗客には全く無関心で、荷物は隣の席を占拠したままなのです。
 そして周りを見渡すと、携帯画面を見ながら指をせわしなく動かしている人、両耳にイヤホンをつけゲームに興じている人、iPhoneを操作している人、iPadで小説を呼んでいる人、人、なんと多いことでしょう。これらの光景に共通するのは、首をうなだれ、機器に一心に没頭している姿です。そこには確かに人がいるのに、いる感じがしないのです。公共の交通機関という空間が、ITの機能性と利便性に埋没し、こんなにも周りに無関心で、無遠慮な空間になったのは何時の頃からでしょうか。
 そしてこんな光景が...
一方、こんな光景に出合いました。乗ってきた4人の女子中学生が、降りる駅まで大きな声でよく笑い、よくもまあ喋り続けること、それは周囲にはうるさい位でした。しかし、何かホッするような感覚になり微笑ましくさえ感じられたのです。よく身体を動かし、大きなジェスチャーを交え、相手をしっかり見ながら話し合っている姿は、コミュニケーション能力の低下が云々されている昨今、これはまんざら捨てたものでないと妙に感心させられました。
 相手の目を、表情を見よう!!
 ITの虜になっている無関心の光景が、臨床の場で遭遇したらどうなるのでしょう。病室を訪ねた看護師が、患者さんの顔をチラッと見るだけで声をかけずに点滴の滴下や尿の出具合、正常に機器類が作動しているかなどをチェックする業務に目が奪われているならば、それは患者さんにどう映るのでしょう。ただ淋しい思いをさせ、そこには安心感や信頼感もなくさくばくとした雰囲気になってしまうことに違いありません。
看護には、身体ケアだけではなく、心のケアも同時に要求されます。話し言葉によるコミュニケーションはたったの7%に過ぎません。残りは目や表情、動作、音声や沈黙・間、空間距離などの手掛かりを使って相手を理解することになります。こうしたことは患者さんとの関わりと援助には不可欠なことです。
本学では、コミュニケーション論は勿論のこと、表情に関する授業があります。さまざまな演習や実技、実習の中で学ぶことができます。さあ、コミュニケーションのエキスパートになりませんか。多くの教員が皆さんの手助けをします。

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