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関西医療大学 教員ブログ[全学科]

2010年9月アーカイブ

2010/09/24(金)

学生の眼 教員の眼から観た定期試験

みなさん、こんにちは。関西医療大学ヘルスプロモーション整復学科(HPS)の山原です。
大学は夏休みも終わり、後期授業が開始され、新しい科目や多くの実技授業が始まったところです。
HPSの学生は、こんがりと日焼けし、夏休みをいろいろな形で楽しんだみたいです。夏休みを思う存分楽しめたのは、前期末試験が終わったからだと思います。
大学は、夏休み直前の7月末から8月初旬に前期末試験がありました。学生たちは楽しい夏休みを過ごすために7月に入ってから授業がない時間や放課後に学校で勉強していました。学校で勉強するほうが、解らない事や授業で聞き漏らした事など友達に聞いたりすることが出来るし、先生にも質問に行けるため、友達と話しながらでも勉強を少しずつ学生ホールや教室で行っていました。また、試験前は資料集めの日々でもあります。授業で配布されたプリントを無くしたり、先輩から過去問も借りてコピーしたりと勉強と資料集めで学生は忙しくなるみたいです。写真1.JPG夏休みの終わりに実施される追再試験を『追再試料を払って受けたくない!』というのが本音かもしれません?!
HPSの学生たちの勉強のやり方はそれぞれあります。HPSの1・2年生は先輩がいるので、過去問をもらって試験傾向を感じることが出来るのですが、3年生は先輩が居ないので、必死で授業中に先生が重要と言った事などをクラスメイトと確認しながらまとめ、問題を出し合いながら一緒に勉強しています。


3年生が1年生の初めての試験の時は、『どうしたらいいのか?!』解らず、私たちがいるHP教員室に常に質問や勉強のやり方を聞きに来ていました。そうやって、3年生は自分の勉強スタイルが出来て試験に臨めるようになっています。先輩がいるから・過去問があるからと言って勉強しなくてもいい?!というわけではなく、過去問があっても、それは過去の問題であって、同じ問題が出題されるわけではないので、勉強する資料の1つにしか過ぎません。写真2.JPG
だから、過去問をどう有効利用するか?!ということになるのです。答えを覚えても全く無意味な勉強になってしまうので、過去問の解説を自分で作っていくという勉強方法を私たち教員は教えています。なので、2年生は自分でまとめてから、過去問は問題集でいう練習問題のように利用しているみたいです。




写真3.JPG
1年生は大学生活で初めての試験でした。授業中に確認テストなどは実施されているのですが、成績が出るという試験は初めてです。先輩からいろいろと聞いているのと、初めて習う事の試験なので、少々ビビっているようでした。なので、友達と授業で聞き漏らした事や先生が言っていた事を教え合いながら勉強しています。


写真4.JPG

試験本番になると、開始直前まで頭に叩き込み、さっき覚えた事が忘れてしまわないように?!と真剣な顔つきの学生や大丈夫かな?!と不安そうな顔つきの学生などいろいろです。また、試験なんか余裕で、終わってからの遊びの事を考えて楽しそうな学生もたまにいます。



試験開始のチャイムが鳴ると一斉に覚えた事を忘れないうちに問題の隅に書き込んだり、早々と問題を解いていく学生、普段の授業ではあまり見られない学生の顔つきと雰囲気です。
写真5.JPG写真6.JPG
HPSは2、3年生になると、試験期間中のpaper試験以外に実技試験があります。実技試験は、授業内で実施されるのがほとんどで、お互いにモデルになって実際に包帯、整復、固定などをして採点されます。実技試験は、何回しても緊張するみたいで、包帯の走行を忘れてしまったり、整復動作を間違えたりと様々です。実技試験はイメージトレーニングではなく、練習の時からお互いにモデルになって練習しておかないと動作が出来ないのです。採点する側の私たちも、練習していないな?!とか頭の中だけで実際に動作の練習はしていないな?!というのがすぐに分かるので、実技試験前になると実技室の利用率が高くなります。
写真7.JPG写真8.JPG
写真9.JPG8月初旬には前期末試験が終了し、試験が終わった瞬間、学生たちは羽を伸ばし友達と遊びに出発していきました。その試験の結果は?・・・・夏休み中の9月初旬に送付されます。あらかじめ、模範解答が掲示されるので、自己採点は出来きているのですが、成績表で合格か?不合格か?を確認して、不合格ならば追再試験の申し込みをして、遊びモードから勉強モードに切り替えて再度勉強しないといけません。
夏休みで完全に遊びモードになって前期末試験で覚えた事は忘れてしまっているので、また、勉強モードにすることは学生にとってとても過酷なようです(泣)なので、先ほども書きましたが、追再試験を受けないように7月から必死で勉強しているのです。
学生にとって試験は、授業で習得した知識の確認でもありますが、勉強(学校)と遊び(休み)のスイッチのような存在になっているかもしれません。
私たちHPS教員は、勉強も遊びも応援したいと思っています。習得した知識は生活の中や運動のサポート活動の時などで生かしてもらいたいので、『疑問に思う事、解らない事など何でもいいから恥ずかしく思わず質問においで』と学生に伝えています。そうすることで、試験というスイッチをしっかりと遊び方向に押すことが出来ると思っています。
10月3日にもオープンキャンパスが開催されます。ヘルスプロモーションって一体どんな事をしているのだ?!HPS教員って厳しいのか?など少しでも興味を持たれた方は一度大学のほうに足を運んでいただきたいと思っています。大学の雰囲気や勉強内容など少し見えてくると思います。
私たちHPS教員は≪勉強≫も≪遊び≫も頑張れる人を待っています。

2010/09/17(金)

理学療法学科の先生方

 理学療法学科講師の中山です。今回は「理学療法学科の先生方」というテーマでよりみなさまに本学科の魅力をお伝えしたいと思います。
 
本学科の専任理学療法士の教員は、鈴木教務部長、講師として谷埜先生、高崎先生、米田先生、そして私中山、助手の山口先生、鬼形先生となっております。
 詳しい経歴などはホームページをご参照頂きたいのですが、一言で言うと"熱い!!"です。そんな先生方ですが、大学務めですから頭がいいのは当たり前なので、裏情報も含めご紹介させて頂きます。私見が入っていることを、ご了承ください。

鈴木先生は、私が学生の時からの恩師で、卒後もずーーーっとお世話になっておりますが、未だに勢い止まない状態であります。とにかくオーラが凄いので、ぜひみなさまも会って頂きたいです。本学科は附属診療所での実習があるのですが、学生の人気No1です。現職者でも鈴木先生を頼って、治療見学に来られるくらいです。裏情報としては、プーさん好きで歌がプロ並みに上手いことです!
 谷埜先生は、学生から癒しの存在で(特に女学生に人気です)、いつもニコニコ笑顔です。教え方がとてもわかりやすく、知識も豊富です。私の中では天才というイメージで、さらりと海外に学会発表に行かれるのが、素敵です。裏情報は、お城マニア?で学校ではアイスを召し上がられているところをたびたびお見かけします(甘いもの好きでしょうか?)。
 米田先生は、とても柔らかい物腰で、見た目は大きいのですが、先生が作られた資料は文章も詳細でとにかくわかりやすいです。学生からも好評で、ただ、集中してしまうと呼びかけても全然聞こえてないこともしばしば・・・で困るとか。裏情報は、アウトドア好き?でとにかく行動的とか。お酒の知識が豊富で、オリジナルの調合をされる(しかも美味しいとか)とのことです。
 高崎先生は、私の中ではまだまだ謎が多い先生ですが、頭の回転が速く、鋭い突っ込みが持ち味?であります。陰で先生のものまねをされている学生がいることは、秘密です・・・でも、学生からは、授業がわかりやすく、いろんな角度から指導してもらえるのが面白いとのことです。裏情報は、酒癖がわるいとか・・・アニメ好きとか・・・です。
 そして、附属診療所勤務の山口先生と鬼形先生はお二人ともAB型・・・偏見ではありませんが、やっぱり変わってる(お二人とも怒らないでください!)いつもお二人のお言葉で笑わせて頂いてます。患者様には人気者で、「先生しか治療は嫌」とよくお聞きします。学生は診療所実習でお世話になりますが、1年生から任意実習や基礎ゼミ(授業)がありますので、実践が身近なところも本校の魅力だと思います。
山口先生についてはクールな感じなのですが、天然で鬼形先生のお水を間違って飲まれる・・・頻繁に(しかもそれを学生に目撃されています)。そんな先生ですが、さらりと仕事をこなされるところはさすがです!
鬼形先生は、すごく気配り上手で、周りをよく把握されていて、何か困ったらよく相談させて頂いております。ただ、怪力なので気を付けてください!本人曰く、体の使い方が上手いからといわれるのですが、それだけではない気がします・・・怖いです。唯一鍼灸師の資格ももたれており、東洋医学の知識も豊富です。

 ということで、簡単ではありますが裏情報も含めてご紹介させて頂きましたが、本校はこれらの専任理学療法士として勤務されている先生方の特色として、運動器班(スポーツ含む)、と中枢班(神経系疾患)と分かれて、それぞれの得意分野を生かして、最新の情報も含めて指導をしております。私が学生なら「ここで学びたい!!」と思います。ちなみに、中枢班は鈴木先生、米田先生、鬼形先生、そして私、運動器班は谷埜先生、高崎先生、山口先生です。
 いかがでしょうか?魅力いっぱいの先生方がたくさんいらっしゃいますので、本校で学んでみたいと思って頂ける方々がたくさんいて下さることを願って、終わりにさせて頂きます。

2010/09/10(金)

日本におけるスポーツトレーナーの歴史

 鍼灸学科スポーツトレーナーコースの山口由美子です。
ただ今、サッカー日本女子代表に帯同し、FIFA U-17 World Cup 2010に帯同しています。私はこの大会のために開催国の南米トリニダード&トバゴという国に来ています。そこには世界から予選を通過した16カ国のチームが集まります。それぞれのチームにメディカルスタッフが帯同していますが、世界の中でも国によってトレーナーの仕事内容や役割が違うように感じています。
 今回はスポーツトレーナーという仕事の歴史について少し触れたいと思います。皆さんがスポーツトレーナーという職業に興味を持ち、今このブログを読んでらっしゃるかと思いますが、そもそも日本でスポーツトレーナーという仕事がどのような変遷をたどってきたか少し説明したいと思います。
 アメリカのハーバード大学で雇用したジェイムス・ロビンソン氏がトレーナー第1号とされていますが、それ以前にも兵士の手当てにテーピングを使用したといわれています。日本では1929年に東京の大学の要請でマッサージをしたことが「スポーツマッサージの嚆矢」だと言われています。トレーナーという名称ではないですが、柔道整復師の歴史は古く、応急処置や手当てなど以前よりされていました。
 1964年に東京オリンピックが開催され、その際には約100人のトレーナーが集まり講習を受けたそうです。ここでも主にスポーツマッサージが主だったようですが、テーピングなどは1970年代からテーピング輸入販売を企業が中心となって普及してきました。1977年にはアメリカのトレーナー資格を取得した初の日本人が誕生しました。
 1980年日本で初めての「スポーツ整形外科」がスタートし、後々全国的に普及する第一歩となります。当時も日本にはトレーナーの資格というものはなく、医療資格を有する者がスポーツ選手を治療したり、アメリカでトレーナー資格を取得したものが活動してきました。このように日本ではトレーナーという職業にはざまざまはバックグラウンドを持った者がいて活動してきたとわかって頂けると思います。
 そこで1994年に日本体育協会が我が国においてトレーナー活動の特化した全国レベルのトレーナー制度を設立しました。それが「日本体育協会公認アスレティックトレーナー」です。1997年には本学が免除・適応コースという講習の免除制度の認定を受けました。この当時全国でまだ4校しかこの制度に認定を受けておらず、本学の前身である関西鍼灸短期大学は専門学校以外で認定された唯一の学校でした。
 現在は非常にたくさんの学校が認定を受けていますが、本学の鍼灸学科にはこのように日本におけるスポーツトレーナーの歴史の中の1ページを築いてきたわけです。関西鍼灸短期時代から鍼灸師の資格とトレーナーの資格取得を目指し本学では指導を行ってきましたが、現在多くの卒業生が対象をプロ・アマ問わずスポーツ現場で活躍しています。
 トレーナーの歴史を語ることは1回では足りませんが私たちがスポーツトレーナーを目指す限り歴史を知らないでは前に進まないと思っています。他国と違い我々には我々の国で特徴的なトレーナーが求められてきました。特に治療ができるトレーナーが現在もスポーツの現場では必要とされています。本学の鍼灸学科は治療もできるスポーツトレーナーを目指し日々頑張っています。今回は簡単にスポーツトレーナーの歴史について触れてみました。興味のある方は是非大学に足を運んで見てください。きっと歴史の中でスポーツに関わる治療家を目指す世界を身近に感じて頂けると思います。

2010/09/03(金)

鍼灸の魅力

保健医療学部鍼灸学科 谷 万喜子

 こんにちは。
 突然ですが、みなさんは鍼灸治療を受けたことがありますか?「鍼灸の魅力」を感じてもらうには、実際に体験してもらうのが一番良いと思いますが、今日は私が感じる鍼灸の魅力をお話しましょう。
 さて、鍼灸治療の対象となる症状にはどのようなものがあるでしょうか。おそらくすぐに思い浮かぶのは、肩こり、腰痛、それからスポーツ障害による痛み、などでしょう。もちろんそれらは鍼灸治療が適応する代表的な症状です。では、その他には?最近では、美容の領域での鍼灸治療も注目されています。しかしながら、特にお伝えしたいのは、補完医療として、医療の中で活かすことができる鍼灸治療についてです。
 私事で恐縮ですが、お話したいと思います。
 私は、数年前に父を癌で亡くしました。腎臓に癌が見つかって手術をしましたが、その時すでに骨盤に癌が転移していて、残念ながら診断されてから半年あまりで亡くなってしまいました。その短い闘病期間に、特に父が辛そうにしていたのは骨盤に転移した癌による激しい腰の痛みでした。私が鍼治療をしましたが、治療直後は楽になるものの、翌日になるとまた激しく痛むようでした。私の治療がだめなのか、とたいへん落ち込みました。そして、癌の痛みって本当に手強いものだ、と改めて感じていました。放射線治療が始まりましたが、痛みは治まりません。さらに、全身状態が悪くなっていよいよ入院、痛みのコントロールにモルヒネが使われることになりました。しかしながら、モルヒネの副作用で激しい眠気が起こり、意識が朦朧とした状態になってしまいました。父は、痛みよりも、この眠気で自分がはっきりしていないことがとても嫌で、結局モルヒネを中止することになりました。本人も私たち家族も、まだまだ病気と闘っていこうと考えていたのですが、その時すでに余命1週間と言われていました。そこで、少しでも家族一緒にいようと考えて父を自宅に連れて帰ることにしました。自宅に戻ったら、痛みのコントロールのため私の鍼治療再開です。かなり体力が弱っていましたので、刺さない鍼"鍉鍼(ていしん)"を使うことにしました。すると今度は、父は「この鍼は気持ちいいな」、「楽になるわ」と言ってくれ、それまであまり私の鍼治療を信用していなかった母も、「あんたがいてよかったわ。家族にあんたみたいな仕事してる人がいてない患者さんはどうしてはるんやろね。」と言ってくれました。そして自宅に帰って5日目の朝に父は亡くなったのですが、最後は苦しむことなく、亡くなる前夜まで車椅子から立ち上がる練習をして、父らしく希望を持って過ごしてくれました。
 私自身は鍼灸っていいな、鍼灸師になって良かったと常々思っているのですが、「治未病」、すなわち、まだ病んでいない状態を治療することができるはずの鍼灸治療で、父を助けることが出来れば一番良かったのですが、それが出来なかったということは私が鍼灸師として未熟だったということでとても悔しい思いをしたとともに、やっぱり鍼灸師で良かった、とも思うことができました。
 現在、このような癌に対する緩和ケアに鍼灸治療を使うことが、どんどん広がってきていて、その効果もたくさん報告されています。私自身は、鍼灸師というより癌患者の家族として、もがきながら対応して、充分な成果を得られたかというと難しいところですが、医学的治療で得られる効果があれば、その隙間に鍼灸治療を使っていくことで、よりよい医療の形を作ることができると思います。鍼灸の効果には、わかっているところ、まだわかっていないところどちらもありますが、私たち鍼灸師とこれから鍼灸師を目指すみなさんとの努力でそれを少しずつ明らかにすることが、さらに「鍼灸の魅力」を増していくことになると思います。そのために、一緒にがんばれる人が増えていくといいな、と思っています。

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